マリアと別れを告げたあの日から、10年の月日が流れた。
EC(Eternal Century)182年。僕は…ガイラル=フィルノスティーは変わらず生きている。
メアも今年で11歳。ようやく手がかからなくなって来た頃だ。
あれから僕はメアと二人での生活を送ることになった。
人生経験は無駄に長い。子育ての経験もないわけではなかったから、それなりに苦労はあったもののなんとかやっていくことはできた。
今はマリアと住んでいた教会とは別の場所で暮らしている。
メアからは時々、自分の母親はどうしているのか聞かれることがある。
そんな時は決まって、「メアのことを遠くから見守ってくれているんだよ」と答えた。
在り来たりの文句かもしれないが、僕はそうだと思っているし、なによりマリアもそう考えているだろうと信じたい。
教会に住むことをしなかったのも、そんなメアに母親が苦しんでいる姿を見せたくなかったというのも大きかったんだと思う。

10年前のあの日。僕は教会の地下に、もう一つの大きな部屋があることを知った。
部屋と呼ぶにはあまりに似つかわしくない、巨大な倉庫の様なものだった。
そこに佇むのは、一体の巨人。
ガイアピーサーの力の要、鬼神シリーズと呼ばれる兵器がそこにはあった。
ガイアピーサーである、マリアとゼメディウスが住んでいた場所だ、鬼神シリーズがそこに存在していても不思議じゃない。
僕はその部屋の脇にある作業デスクらしい机の上に、僕宛の一通の手紙があることに気が付いた。
内容はこうだった。
もし、メアや僕が窮地に立たされた時。またはメアや僕を守ってくれる様な人が現れたら、この鬼神を使って欲しい、と。
僕自身では、この鬼神を使うことはできない。
敵対意思を持つものが造った兵器が使える訳がないからだ。
同時に次の様なことも書かれていた。
これは強力な兵器であり、無闇に使っていいものではない。
もしその力が間違った方向へ使われる様なことがあったら、僕に止めて欲しい、と。
責任は重大だな。というのが僕の感想だったが、マリアの願いはしっかりと受け止めなくてはならない。
僕はこの教会全体を外から視認出来ないように隠し、誰も踏み入ることが出来ないようにした。

メアは元気に育ってくれている。
対立する守護意思を持つものの間から生まれた子供だ、どんな弊害があるかも分かってない。
しかし、そんな僕の心配も余所にメアは元気に育ってくれた。
「お父さーん。お腹空いたー」
メアは元気に僕に呼びかけた。
「はいはい。今、出来るから待っててね」
すっかり主婦気分で呼びかけに答えた。
マリア程ではなかったが、僕も料理はそれなりに出来る。
10年前からの食料危機はもうすっかり回復してきている。
人の強さは大したものだと関心するところだ。

メアは、今お絵かきをしている様だった。
昨日からずっと熱心にひたすら絵を描いている。
将来は画家にでもなるのかな、などと考えている自分の親バカさに笑ってしまった。
「はい、お待ちどう。昨日から何を描いてるんだい、メア?」
食器を並べながらおもむろに尋ねる。
「うん。面白いのが出来そうなの。見る?」
顔を覗き込みその絵を見ると同時に、僕は驚愕した。
それは絵と言うより、何かの設計図の様なものだった。
それもこの年齢の子供が書いたものとは思えない、見事なまでに精密に書かれたものだった。
すぐにそれが何の設計図だか想像出来た。
鬼神シリーズだ…。
「これは…。メア、一体どうしてこんなものを」
「んー。良く分からないけど、なんとなく描いてたら出来ちゃったの」
間違いない。メアはマリアの、いや、マリーレイアの鬼神製造の技術を受け継いでいるんだ。
なんの因果か知らないが、僕はこの事実をどう受け止めればいいのか困惑した。

チリリリン… チリリリン…

困惑する僕を現実に引き戻すかの様なタイミングで電話が鳴った。
電話の主は老いた男のようで、震えた声で僕にこう言った。
今そっちに孤児の子供二人を向かわせている。二人とも事故で親をなくしてしまっているので、僕のところで預かって欲しい、と。
どうやら相手の男は僕が昔、孤児院をやっていたことを知っていたらしい。
それより、いきなり孤児の面倒を見ろとは唐突が過ぎる。
しかも、断る余地なしとは。
そんな一方的な老いた声は、頼み事を並べ、僕からの返答を待つこともなく電話は途切れた。

程なくして、その二人は現れる。
二人ともメアと同じくらいの年齢か、身長、体型も標準的な少年だった。
一人は銀髪に銀色の瞳を持ち、もう一人は金髪で蒼色の瞳を持っていた。
二人とも暗い表情で、金髪の子の方は少し泣いていた。
「良く来たね、君達。大変だっただろう?」
事情はさっぱり分からないが、訪ねて来た小さな子供を冷たく追い返すわけにはいかない。
「ごめんなさい。僕達、住む所も、世話をしてくれる人もいなくて。それでここに来る様にって言われたんです…」
銀髪の少年がそう答えた。
僕はこの少年になにか違和感を覚えた。それが何なのかは分からなかったが。
「ひっく…。お父さん、お母さん…。ひっく…」
金髪の少年の方は、死んでしまったと思われる、両親のことで泣いているようだった。
「とりあえず、中に入って。中で話をしよう」
そう言って二人を部屋へ案内した。
もともとあまり同年代の子供と会う機会の少ないメアは、珍しそうに物陰から二人を見ている。

「ねぇ、君。なんで泣いてるの」
部屋に向かう途中で、メアが泣いている金髪の少年に話かけた。
「ひっく…。お父さんとお母さんがね、死んじゃったの…」
金髪の少年の言葉に、メアはどう答えていいか分からない様子だった。
やがて少年の目線から少し下げて答えた。
「でも、泣いてるだけじゃ悲しいよ。良く分からないけど、泣いてる君を見てると、私も悲しい…」
メアはそう言うと、少年の涙を拭ってあげた。
僕は嬉しかった。
メアはマリアに似て、ちゃんと優しい子に育ってくれている。
「メア。その子のことちょっと頼むよ。僕はこっちの子と少し話をするから」
泣いてる子供に対してあれこれ聞くことも出来ない。
そう思い、銀髪の少年と二人で話をすることにした。

「えっと。それじゃ、まずは君達の名前を教えてもらえるかい?」
僕の問いを遮るように銀髪の少年が答える。
「名前のことはまだいいよ。それより、あの女の子がそうなんだろう?」
さっきまでと少年の雰囲気がガラリと変わった。
と同時に、確かに感じる目の前にいる少年から伝わる不可思議な憎悪。
「き、君は…まさか…!?」
その時の僕の表情は、大人が子供に対して見せるものではなかっただろう。
「そう。俺はゼメディウスさ…」
銀色の瞳は鋭く輝き、不敵な笑みを浮かべ、そう答える少年。
「まさか、この短期間でゼメディウスが新生したというのか…」
「ああ。それだけこの星(ガイア)が破滅を望んでいるってことだ」
僕はメアに会話を聞かれていないか気にしながら話を続けた。
「何をしに来た…? いや、何をする気だ?」
銀髪の少年−ゼメディウスは不敵な笑みを浮かべるだけだった。
少年の目先にはメアが書いた鬼神の設計図。
「タコが。言わずとも分かるだろ?」
狙いはメアの鬼神製造の技術か…。
「メアは僕とマリアの大事な娘だ。渡せないよ」
「だろうな。だから俺は一つ取り引きをしようと思って、ここへ来た」
「向こうで女々しく泣いてるガキ。あいつはブロザウードだ」
ブロザウード…僕の記憶の奥底にある名だ。
星の守護意思、ガイアピーサーの中でも異例の存在。
その力が真に覚醒すれば、一瞬にしてこの星の生命を焼き払うことも出来るとされている。
「ブロザウード。生まれたのか、今のこの世界に…」
「ああ。だが、肝心のアイツはまだそれに気が付きもしてねぇ。おまけにひ弱だ」
「それで、君はどうするつもりだ? 今すぐにでも人を滅ぼそうと言うのであれば、僕は君を撃たねばならない」
ゼメディウスはやれやれといった表情をした。
「残念だが、俺にはまだそんな力はねぇんだよ。もちろんブロザウードにも。だから取り引きをしようと言ってるんだ」

ゼメディウスが言う取り引きの内容はこうだった。
メアとブロザウードに僕達から離れてもらい、普通の人間の暮らしをさせること。
そして、二人にこの人間の世界の良し悪しを判断させ、人を滅ぼすかを決定すること。
その間は、ゼメディウスは全く手を出すことはなく、僕に対しても手を出すことはしないこと。
「どうだ? イレギュラーな存在のあの二人の為の、実に筋の通った話だと思わないか?」
「あの二人にこの星の…人の未来を委ねるというのか」
僕は悩んだ。
僕達があの二人に対して、そんな扱いをしてしまって良いものかと。
「安心しろ。俺の力であの二人の今までの記憶は消してやる。俺のこともおまえのことも、綺麗さっぱり忘れて一から人間の手で、人間の生活をさせるんだ。そうだな、あいつは女々しいから、どこかの剣術家かなにかのところへ転がりこませるように仕向けてやる」
メアが僕のことを忘れる…。それでいいのか?
だが、目の前の少年は、断る選択肢を与えてくれそうにない。
それにゼメディウスの言うことにも一理あるかもしれない。
ゼメディウスには鬼神を操る力があっても、鬼神を造る力は持っていない。
鬼神製造の知識を持とうとしているメアを消そうなどとは考えないだろう。
「わかった。だが、一つだけお願いがある。メアとあの少年…ブロザウードを一緒にさせてやってくれないか? メアが僕以外の他人に対して優しさを見せたのは、あの少年が初めてだ。似た様な境遇の二人なんだ、せめて一緒に歩ませてやってくれないか?」
こんなことを言う自分は少しおかしいと思った。
だが、あの少年なら不思議とメアを任せられるのではないかと思ったんだ。
「マリーレイアの子供とブロザウードが一緒にか。ああ、それはそれで面白そうだな。いいぜ、それで」
ゼメディウスは満足そうに続けた。
「待ってるだけってのも退屈だ。俺は組織を作る。人間がこの星に本当に必要かどうか試すためのな。だが俺がやることはそのくらいだ、人間をどうこうしようとはまだしないさ。少なくとも10年はな」

10年か…。
10年後、彼らやメアはどうしていることだろう。
もし、ブロザウードやメアがこの星(ガイア)で人の存在意義を見つけてくれるのなら、人を滅ぼすようなことはしないだろう。
だが、もし彼らが人を滅ぼそうとするのであれば、僕はそれを全力で阻止しなければならない。
全ては彼らと、この世界の人との関わり、或いはこの世界に住む全ての人間にかかっている。
マリアが命に代えて救ってくれたこの世界。
きっと良い方向に向かってくれると僕は信じたい。

ふと隣の部屋にいる、メアとブロザウード−金髪の少年に目をやる。
少年はもうすっかり泣き止んでいた。
メアは彼の涙を止めてあげていた。

彼らなら、きっとこの世界を任せられるだろうと、今はそう信じたい…。